• インタビュー
  • 2023.01.20

サイドラインのもう一人の選手、チームの「頭脳」アナライジングスタッフ達

チーム悲願の1部BIG8への昇格を果たした上智大学ゴールデンイーグルス。

2022年のシーズンを通して苦しい戦いが続いた中、チームを陰日向で支え続けていたのは勿論スタッフ達だ。

今回は彼らスタッフの中でも分析・戦略を担当するチームの頭脳、アナライジングスタッフ(通称AS)の2人に注目した。

▼目次

    記事・写真:三原 元

    ■ スタッフの黒一点 、AS4年木下勝太


    2022年度の上智大学スタッフは総勢37人。そのほぼ全てが女性という中で、唯一の男性スタッフがいる。それが木下 勝太(きのした しょうた)氏だ。

    これだけ聞けば男子諸君からは羨望の眼差しを受けそうだが、木下氏はこう話す。

    どうなんですかね笑。周りから見れば羨ましいと思われる環境かもしれないですけど、実際はシンプルに仕事仲間という関係なので、女性スタッフに囲まれているからヤッター!、ってのはあんまり…。

    勿論最初は女性が比較的多い上智って、『なんかスゲー楽しそう!』って感じだったんですけど。でもASになったら、そこは自分の中でも頭が切り替わって、そんなの言ってる場合じゃないって感じでした。」

    スナッパーとして試合にも出場する木下氏

    笑いながらそう話してくれた木下氏に、そもそもなぜASになったのかを聞いた。

    「自分自身は関西の男子校で中・高とアメフトをやってたんですけど、怪我が多くて。高校時代も直前で怪我して、人数が少ないチームに迷惑かけてしまったって事があって、大学では選手としてやる気はあまりなかったんです。」

    入学当初はアメフト部入部は考えなかったと話す木下氏だが、アメフトが嫌いになったワケではなかったそうだ。

    「やる気は無かったんですけど、でもやっぱりアメフトっていうスポーツが好きだから。なので新歓の時に『選手以外にもASっていうのがあるよ』って教えてもらって、やってみようかなと思って。」

    これまで選手としてアメフトに関わっていた木下氏だが、高校ではASという役割が部になかったために、存在自体知らなかったそうだ。

    そんな木下氏から見て、ASはどう映ったのだろうか。

    自分の高校時代のアメフトは、監督から言われたことだけをやるって感じでした。練習量も少なくて、アメフトの奥深さというか、『このプレーはこういうコンセプトがあって』とか『こういう時にはこうするんだ』って言うのを全然知らないでプレーをしていました。それが大学でやる中でいろんなことを先輩から教えて貰いました。それを通して『あ、アメフトってこんなに奥が深いんだ』っていう新しい発見というか、アメフトの面白さを感じました。

    選手以外の形でアメフトに関わるようになった木下氏に、大学4年間を通してASで大事にしている事を聞いた。

    「ASって一番選手とコミュニケーションをとらなければならないんです。ASが提案するためには、選手から信頼されないといけません。提案して選手から『それ本当に?』って思われちゃったら、試合としてアジャストに繋がらないんです。なので選手との信頼を築く上で、パート練習に選手として参加したり、普段の行き帰りに一緒に行動したり、密接に話したり、そういった心を打ち解けてるって感覚になるのが大事だと思います。」

    木下氏が大事だと話す選手と信頼。その信頼を選手から『お母さん』と呼ばれるまでに得たASがいる

    ■ 選手から『お母さん』と呼ばれる信頼、4年AS松下 里奈香


    「選手がプレーに集中できるように色々事前に準備しているので、それが『お母さん』って呼ばれ方に繋がってるのかな笑。」

    そう話すのは上智大学ASの4年生、松下 里奈香(まつした りなか)氏だ。

    今では選手から信頼されている彼女だが、もともとはアメフトのアの字も知らなかったそうだ。

    「兄が上智大学でアメフトやっていたんですけど、だからと言ってアメフトに詳しかったわけではないです。大学に入学するまでに兄の試合に1、2回行った程度で、それも別に試合を見てたっていうよりも、兄がどこにいるかなって感じで、ルールは何も知らない状態でした。」

    そんな彼女はなぜASになったのだろうか。

    「最初はマネージャーをやりたいって思ってたんですけど、やっぱり大学の4年間そのスポーツ自体にしっかり関われて、後で『私はこの部活、このスポーツに4年間所属していたんだ』って感じられるポジションにつきたいなと思ってASになりました。」

    入部してからアメフトのことを学んだ松下氏は、先ほどの木下氏とは正反対だ。木下氏は既に高校でアメフトを経験しており、知識も経験も共通の話題もある。そして何より、選手と同じ男同士。

    対して松下氏はアメフト初心者からのスタート。木下氏のように選手達と同じバックグラウンドがなく、女性だ。しかし松下氏は今では選手から『お母さん』と呼ばれるまでに信頼され、頼られる存在となっている。

    それまでに彼女が積み上げて来たものはなんだったのだろうか。

    「アメフトやASの知識は当然ですけど、どれだけ選手と一緒にいる時間が長いか、どれだけ選手と話したり聞いたり出来るか、そういう事が大事だと思ったんです。だから3年生でQBのASになった時に、私も彼らと練習に最後まで残るって決めました。彼らの自主練もグラウンドの照明が落ちるまで一緒に付き合って、練習にビデオ撮るだけ参加する日でも、その日の練習はビデオ撮影が終わっても、彼らの練習が全部終わるまで参加するようにしたんです。」

    そんな彼女の行動で、選手側からも変化があったそうだ。

    「だんだんと、QBの選手が私にいろんな話をしてくれるようになったんです。『このプレーのこういう所が気になるんだよね』みたいな選手にしか分からない事を、直接選手から聞けるようになったんです。そしたら今度は私の方が、『あ、この選手はこれが気になってるんだろうな』って次第にビデオ見るだけ、試合見てるだけでわかるようになってきたんです。それで更に選手とアメフトの話が出来るようになりました。」

    自分の行動によって選手との関係が変化し、それにより彼女自身が変化するという好循環が生まれた事で、松下氏は『お母さん』と呼ばれるまでに頼られる存在になったそうだ。

    そんな彼女も4年生となり、2022年が最後のシーズンだ。松下氏に今シーズン、ASとして大事にしていることを聞いた。

    「選手との信頼関係のために大事なのは、なるべく沢山の時間を過ごす事、絶対に選手よりもアサインを把握する事、相手チームのビデオを選手の誰よりも見る事。これらを意識することだと思います。あとは単純に、アサインっていう知識の勉強をして、選手に何か聞かれてもすぐに答えられるようにしていますね。」

    アメフト経験者の木下氏、未経験者の松下氏、それぞれバックグラウンドは違うが、二人は共に選手から信頼されるまでにアメフトに打ち込み、そして選手以上にアメフトに熱中していた。

    彼らがここまでASとしてチームに関わり続ける原動力はどこにあるのだろうか。

    ■ プレーをしない選手


    松下氏はこう話す。

    私たちはアメフトだけやっていればいい、お金の面も設備の面も問題ないっていう強いチームとは違います。バイトをしながらアメフトやって授業に出て、そのバイト代から外部の芝生練習場のレンタル代とか、大学外のジムに通うための費用だとか、それらの交通費とか、そういったものを自分達だけで賄っていく必要があるんです。さらに土グラウンドで雨の時期に練習がなくなるのはハンデだと思っています。特に雨が一週間続く、それがゲームウィークだったってなると、本当に一週間まるまる練習ができないから、毎回今日が試合前の最後の練習かもしれないっていう環境。そういう意味で、私たちは他のチームより不利だと思うんです。」

    さらに上智大学は今シーズン1部昇格となり、環境だけでなく対戦相手との経験の差でも不利となっているのが現実だ。

    自分達のチームは(他の1部のチームと比較して)選手がスポーツ推薦で入って来るとか、アメフト目的で入学して来た人がいません。だから経験値はもちろん、選手のフィジカル面でも差があって、それが埋まり切らない部分があるんです。」

    しかし、そんな不利なチームに、ASだからこそ出来る事があると松下氏は話す。

    だからこそ、ASがどれだけ自分達の仕事で、その差を埋められるかだと思います。ASがどれだけ選手全員にスカウティング内容を把握して貰えるか。ASがどれだけ対戦相手の忠実な再現をして試合に臨めるか。それが唯一、TOPやBIGの他のチームとの差を埋められると信じています。

    しかし、その分ASの責任は重く、作業量も多くなってしまう。

    「アメフトの事をしない日は一日もないですね。部活は週にオフの日が2日なんですけど、その2日間は大体次の日の練習の準備だったり、試合に向けたチャート作りをしています。あとは対戦校の色んなビデオを見て『あ、こういう特徴があるな』っていうのを探してます。もう、本当に色んなビデオを見漁って『これは証拠になる』『これも証拠になる』って感じでかき集めるんです。それを資料にして選手に『だから相手チームはこういうシステムなんです』って納得して貰う。結構途方もない作業なんですけど、でも、絶対にそこは手を抜かずに、忠実に再現するようにしています。なので、アメフトのことをしない日は一日もないですね。」

    こうしたASの作業について、木下氏もこう話していた。

    「アメフトって、準備が結果につながるスポーツだと思います。その準備を引っ張っていくのはASの仕事だし、それが役割だと思っています。選手に提案した通りに試合で選手が動いてくれて、相手のオフェンスを止められたらヨッシャ!ってなるんです。」

    彼らASは試合までの時間で相手チームを分析して準備し、試合当日は準備した事を選手達に託す。そんな自分達を木下氏はこう話していた。

    「ASはプレーをしない選手というか、サイドラインにいる、もう1人の選手なんです。」

    チームとして初となる1部BIG8での戦い。苦戦が続く事もあったが、上智大学の今シーズン成績は4勝3敗で勝ち越し、入替戦では16ー7で成蹊大学を払いのけて見事に1部リーグ残留を果たした。

    シーズンが終わり、4年生のAS2人は今年度で卒部となる。しかし彼らがこれまでの4年間、日夜分析したデータは残り続ける。

    彼らが残したそのデータが、来年度も引き続き1部リーグで戦う後輩達の助けとなるに違いない。

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