• インタビュー
  • 2022.10.14

関東1部唯一の「土グラ」、雨にも負けず逆境をはね返す|上智大学 市橋大旗

今年度のTOP8、BIG8合わせて総勢20チーム中、練習グラウンドが土というチームが1つだけある。それが今年度1部BIG8に昇格を果たした、上智大学ゴールデンイーグルスだ。

公式戦会場は人工芝、そして対戦相手のどのチームも芝グラウンドで練習という中では、彼らの土グラウンドは相対的に不利となってしまう。

今回はそんな環境下で今シーズンに臨むチームメンバー、そしてチームを文字通り牽引する主将の市橋 大旗(いちはし たいき)選手に話を聞いてきた。

▼目次

    記事・写真:三原 元

    ■ 1部で唯一の土グラ


    「この土グラウンド、前日に少しの雨でも降れば、次の日はどんなに晴れても使用不可なんです。管理が大学でないから融通がきかない。」そう話すのは、今年度から上智大学ゴールデンイーグルスのコーチをされている木目田 康太(きめだ こうた)氏だ。

    木目田コーチは法政二高時代にはクリスマスボウル出場、進学先の法政大学では甲子園ボウルに出場し敢闘賞を受賞した、まさに法政大学が誇る名QBの一人。

    さらに現役引退後は、母校の法政二高にコーチ就任するやチームを強豪として復活させ、最近までは関西の大学チームを多く指導するなど、指導者としてもその手腕を発揮している、いわばスペシャリスト。

    選手に指導する木目田コーチ

    様々なチームを指導してきた木目田コーチから、現在指導する上智大学はどのように見えているのか聞いた。

    「彼らは土グラウンドが使えない日は代わりに外部練習と言って、葛西や飯田橋の芝生のグラウンドを借りて練習してるんです。しかし、それも費用がかかるし、移動に時間も掛かる。更に現地まで色々荷物を持っていかなければならない。人工芝でやってる他の大学は、天候関係なく練習が出来ているって言うのに。だからこのチームは、他と比べて絶対的に練習時間が少なくなってしまうんです。スポーツ推薦が無い大学は、どれだけ練習時間を確保するかが肝なのに。」

    上智大学はスポーツ推薦がなく、選手は全員一般入試だ。それもあり、高校でアメフトを経験していた部員は1割ほどだそうだ。さらに学内のトレーニング施設も環境が不足しており、選手たちは専ら近所のトレーニングジムに自費で通う毎日だという。

    今年1部リーグに所属するチームの中で、上智大学の置かれた環境は不利と言わざるを得ない。]

    公式戦の人工芝と土では足の感覚も違う

    不利な環境下で練習する彼らに対し、木目田コーチは力強く話す。

    「今の時代は簡単に他チームの状況が分かって、比較できます。他のチームは芝生の綺麗なグラウンドで練習してるんだ、とか泥で汚れなくていいなとか。そういうのを知って自分たちの環境と比較すれば、色々思う所もあると思うんです。けれど彼らはそんな環境の中でもちゃんとやろう、上を目指そうという気持ちがある。『そんなの関係ない、俺たちはここで強くなるんだ。』って本気でやってる。そういう所が素晴らしいと思ってます。」

    そう話す木目田コーチが、中でもダントツと評価する選手がいる。それが主将の市橋選手だ。

    「彼はとにかく思考と行動の量が、これまで教えてきたどのチームと比較してもダントツなんです。例えば、彼は自分の行動も全てスケジューリングしてる、無駄な時間を過ごすのが嫌だって本人から聞いたくらい。これは大人でも中々出来ていない事だと思います。だからチームの事も、こういうスケジュールで行こうと色々言っているし、アクションも明確です。」

    数々の大学チームを指導してきた木目田コーチが絶賛する市橋選手。一体彼はどんな人物なのか。

    ■ 厳しい人


    「TOP8なら日本一、2部ならBIG8昇格と、それぞれのリーグで目指すものは違います。けれど、自分はチームがどのリーグにいても、日本一の取り組みをするべきだと思ってるんです。その考えからすると、(入部当時の)チームは明らかにそれが足りなかったし、BIG8に昇格するって言ってても、中々そういう雰囲気を感じる事はありませんでした。」

    入部当時のチームをそう振り返る市橋選手。その言葉は『当時入部したての自分からすれば、もちろん先輩達の考えは分かりませんが』と前置きをしているにしても、中々に手厳しい。

    厳しい表情で練習に励む市橋選手

    市橋選手の母校はアメフトの強豪、千葉日大一高だ。そこで全国大会出場、そしてチーム史上初となる全国大会3回戦まで勝ち進んでいる。

    「自分がいた千葉日は50年くらいアメフト部の歴史があるんですけど、これまで関東や全国大会には、たまに出れるけど勝てなかったんです。 だけど、自分たちの代で勝てた。これまでの千葉日の歴史を、自分達で変える事が出来たんです。」

    自分達の力でチームの歴史を変える事が出来たと話す市橋選手。そのような実績があれば当然のように日大、法政など、大学アメフトの強豪校に進学していても不思議ではない。

    実際、チームメイトで当時主将を務めた平井 将貴(ひらい まさき)選手は法政大学へ進学、そして以前取材した専修大学主将の平久選手もチームメイトだ。しかし市橋選手は当時2部リーグの上智大学へ進学する。

    「当時は大学でもアメフトを絶対にやろう、って気持ちはそこまで無かったんです。けど、高校3年の11月にアメフトを引退して、次の月にはもう、なんか上智のグラウンドにアメフトの見学に行ってて笑。そこはまぁ、何というか。(アメフトを)やるしかないかって感じに。」

    しかし上智大学のアメフトを高校のと比較して、市橋選手はこう振り返る。

    「練習の雰囲気やアメフトに向き合う姿勢が、高校の時に自分たちが持っていた『絶対に何が何でも勝つんだ』って雰囲気とは程遠いものを感じてました。言葉を変えると『緩い』環境だなと。戦術とかフィジカルとか、そういう以前の問題というか、チームとしての規律とかモラルみたいな。例えばグラウンドにゴミが落ちてるけど、そのまま練習をしていたり、部室とか倉庫が整頓されてなくてグチャグチャとか。」

    どこまでも厳しい言葉が続く市橋選手。実際、先ほどの木目田コーチは市橋選手をこうも言っていた。

    「主将でよくあるのが、周りに遠慮してモノが言えないってやつなんです。今時の学生って嫌われるのが怖いから。だけど、市橋の場合はそれが無い。彼はチームや同期に遠慮しないで言う。」

    練習中に選手達へ指示を出す市橋選手

    チームメイトからもこんな言葉が聞かれた。

    「勝利に貪欲というか、ホントにチームの勝利に対して一番考えてる人ですね。けっこう厳しい人なんで、それに対して僕らも答えていかなければいけないです。」

    他にもストイックな人、志が高い人、高いレベルを求めてくる人、自分に厳しい人という表現が聞かれた。周りからそのように言われる程の彼の行動は、自身が主将としての自分を自覚しているからなのだろうか。本人に聞いてみた。

    「自分は主将として振舞ってるつもりはないんです。最近『主将なんだから見られるだろ!』って言われて、『あ、そっか俺主将なんだった。』って思い出すくらいで。なので、主将だからどう見られるかとは気にしてなかったです。自分としては『アメフトをやるからには』って考えでやって来ただけなんですけど、思ったより見られてますね笑。」

    そう言って屈託なく笑う市橋選手からは、周囲から聞かれた遠慮の無い人、ストイックな人、そして厳しい人などの言葉から連想される雰囲気はなかった。

    主将に対する周囲と本人の言葉に差があるように見えるのは、どういう事なのだろうか。

    ■ 不器用な人


    「主将は不器用な人なんで。ちゃんと関わらないと、わからない人なんです。」

    そう話す選手がいる。3年生でDLの竹内 虎ノ佑(たけうち とらのすけ)選手だ。

    「主将は入部したての自分からすれば、2年生なのにリーダーシップがあって、遠い存在でした。そこから同じディフェンスという事で話すようになって。なんか、やっぱりぶつかり合ったりして喋らないと、お互い理解できないじゃないですか。そしたら、主将が面倒見のいい人なんだってわかって。しかも、何でそこまで人の為に尽くすのってくらい。」

    竹内選手がそう話すのには、こんな出来事があったからだという。

    「僕はDLの中でエンドに加えてディフェンスタックルもやるようになったんですけど、そのキッカケは主将なんです。元々エンドだけやってて、これ向いてるのかなって悩んでたんですけど、ある日主将がディフェンスタックルもやってみてって言って、自分が活きるフォーメーションまで作ってくれて。そしたらそれが上手くはまって、2年生で初めてスタメンになれたんです。なので、凄く僕は助けられましたし、主将がいなかったらまだエンドのままで活躍出来ずにいたと思います。」

    2021年の最終戦にスタメンでフィールドに立つ竹内選手

    「コンバートなんて、しっかり僕らの事を見てくれてないと出来ないじゃないですか。主将とは僕が2年の時に『秋にスタメンになる』を目標にして頑張るって言ってたので。 それもあって、主将が自分の事を見てくれてたんだと思います。ホントに、僕からしたら恩人です。ホントならその恩を、今年の秋リーグに返したかったんですけど。」

    話しながら、竹内選手は自分の足に目を落とす。

    「僕が膝の前十字を切っちゃって、今年の試合にはもう出られないんです。今年がラストイヤーの主将とは、もう一緒に試合が出来なくて。なんか、もっと主将とやりたかったなって思います。」

    だんだんと声を落としながら、竹内選手はそう話してくれた。

    ■ 覚悟を決めた人


    改めて市橋選手に話を聞いた。

    「自分の中ではやってる事、言ってる事は間違ってないと自信を持ってます。高校でのアメフトの実績も周りは知ってますし。昨年のBIG8昇格が確定した試合では、自分がリーダーだったディフェンスで完封するって形の試合だったので。そういう所も見られて、自分のやってる事は間違ってないんだろうと信頼してくれているんだと思います。」

    試合で相手選手にタックルする市橋選手

    しかし、周りから色々な評価をされてまで、なぜそこまで市橋選手は行動し続けるのか。

    「根底の思いが強いからだと思います。高校の時の全国大会までの体験というか、試合の準備を含めた行程全部の体験が、凄くいいものだったので。それをもう一回味わいたい、このチームで体験したいという思いがあります。勿論、自分が言う事で反感をかう事もあります。だけど、それでも自分に賛同してついてきてくれる同期や後輩、それにスタッフも多くいるので。そういう人達のためにも、ここで自分がやりきるしかないなと。」

    市橋選手は2年生の時からチームの改革をしてきたと話す。そして彼自身は昨年に見事BIG8昇格を果たしたのも、それらの改革が功を奏したからだと語っていた。

    しかし、更に周りの選手やスタッフの話を聞くにつれ、どうやら改革よりも真に強くチームに影響したのは、市橋選手自身の、アメフトに真摯に本気で取り組む姿勢なのではないかと思えてくる。

    市橋選手と同じ4年生でOLの竹之内 凌(たけのうち りょう)選手は言う。

    「アイツが居なければチームは回ってないだろうなって感じです。練習のスケジュールも考えてくれて。聞いた話だと、一年生の時からHudl(アメフトで使われる練習動画の共有ツール)の視聴時間がチームで一番多いらしいんです。本当に、彼はアメフトが好きなんだなって思います。言うこと厳しいんですけど。」

    4年生でASスタッフの松下 里奈香(まつした りなか)さんは言う。

    「本当にこのチームを変えてくれたと思ってますし、指示も的確で心強い。主将として唯一無二の存在。彼が主将だから頑張ろうっていうのが4年スタッフの中にあります。多少厳しいところとか、口が悪い部分はあるんですけど。」

    先ほどの竹内選手は言う。

    「僕から見て、やっぱりチームで一番勝ちに拘ってる人だと思います。その姿勢で他のメンバーを動かす力が、今までの主将の中で一番ある人。僕は今年の試合は出られない、主将と一緒に試合はもう出来ないですけど。けど、僕がアメフト出来るようになる来年、その来年は主将が築き上げてきたものを無駄にしないように、個人としてもチームとしても、今年よりも良い成績を残すのが主将への恩返しだと思ってます。自分がリーダーシップとかアメフトIQとか、主将の(不器用さ以外の)人間性の部分を引き継いで行きます。」

    木目田コーチはそんな彼らについてこう話していた。

    「コーチとしてのモチベーションって、やっぱり選手達の本気が見えた時なんです。それを受けて、勝たせてやりたい、もっと良い世界を見せてやりたいってエネルギーが出て来る。指導者も、選手達のそういう部分に引っ張られて、突き動かされるんです。」

    覚悟を決め、本気となった彼らのシーズンは既に始まっている。

    ■ 今シーズンに向けて


    高校、そして大学と7年にわたってアメフトに取り組んで来た市橋選手に、自身が考えるアメフトでしか出来ない体験とは何かを聞いた。

    「頭と身体をフルに動かして、本能のままに動くというか。いろんな所が疲れる、疲れるだけじゃなくて充実感があるし、勝てば更に充実感があるっていうのは、僕の短い人生の中でも、アメフトだけじゃないかなと思います。アメフトは頭が良い人でも足が速い人でも、全部アメフトにつなげられるんです。色んな人が、どんな人でも活躍出来る場所があるんです。僕はパスは投げられないし、オフェンスのブロックも出来ないですけど、それを他の人が補完し合えるのがアメフトだと思います。」

    一人では出来ないのがアメフト、お互いの強み弱みを補い合うのがアメフトだと話す市橋選手は、来年には社会人となる。そんな市橋選手に、これまでのアメフトの経験が社会でどう活かせると思うか聞いた。

    「とにかくマインド面だと思います。アメフトを通じて成功体験も失敗体験もあるので。社会に出ても、成功するためには同じ事をすると思うんです。その成功のために、どんなサイクルを回すのかを知ってるという点だと思います。」

    インタビューをする数週間前には、連盟主催の開幕記者会見でチームスローガンを『執念』と話していた市橋選手。彼にそのスローガンに込めた思いを聞いた。

    「昨年BIG8昇格が決まったシーズンの、チームとしての試合に向けた気持ちの面が強くて、それで行動や準備が出来たっていう実感があったんです。それを踏まえて今年のスローガンを考えたとき、フィジカルとかファンダメンタルは関学・日大には今は敵わないけれど、勝ちにこだわる気持ちって、どこのチームにも負けないものは持てるじゃないですか。そこを自分たちの強みにして、気持ちに拘ってやっていこうよと。」

    夕闇が迫りグラウンドが暗くなっていく中も練習を続ける選手達

    最後に、これまでサポートをしてくれている様々な人達へ、そして自身のシーズンにかける思いを聞いた。

    「僕たちが活動できているのは周りのバックアップがあるからこそだと思っています。不自由なくアメフトに専念できているのは、そういう人達のお陰です。なので結果で、TOP8昇格のために一つでも多く勝って恩返しをしたいと思います。僕自身大学4年間、高校も含めると7年間のアメフトの最後のシーズンになるので。どのポジションでも悔いなく、プレーでも自分が背中で引っ張っていきたいと思います。」

    市橋選手が牽引するチームが迎えた初戦、当日は土砂降りの雨だった。彼らがこれまで土グラウンドで散々泣かされてきた雨。そんな雨の中での試合を彼らは制し、初戦を見事勝利で飾った。

    逆境を跳ね返し、好発進した上智大学の活躍に期待したい。

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